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クリックすると拡大写真が見られます。 神戸の灘は、いわずと知れた酒どころ。しかし、最盛期には4500軒あったという酒蔵も、現在では3分の1の約1500軒ほどに減っているという。灘酒造(株)は1960年の創業。灘では新しいほうに入る酒蔵だが、「金鹿」ブランドは、全国で愛されている。

クリックすると拡大写真が見られます。「阪神大震災で、多くの灘の酒蔵が被災しましたが、幸い、当社の建物は倒壊を免れました。震災の10日後には、生産を再スタートして、被害の大きかった酒蔵の救済に務め、灘全体で助け合って、復興を果たしました」。

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   灘酒造(株)は、兄弟3人が取締役を務め、それぞれの個性で合理的な企業経営を目指す企業。三男の植田洋三常務は、現場志向。生産の現場で、伝統の味を守る。
 「高級な酒を作っても、毎日飲んでもらうためには、やはり安価でなければ消費者が離れていってしまう。だれでもが気軽に飲める価格設定を心がけています。しかし、製法はあくまでも手作りにこだわりたい」。日本酒は、もともと杜氏を筆頭とする技能集団を酒蔵に毎年呼んで仕込むもの。だが、後継者も少ないため、生産を全機械化する大手メーカーも出てきた。

 植田常務は機械でつくられた日本酒を「画一的な味」と言い、「そこには、日本の伝統を伝える物語がない」と言う。人の手から生まれる味こそ、代々伝わる日本酒の味。いかに伝統を残すか、いかにコストダウンを実現して消費者によい安い酒を届けるか。この難題に挑む同社では、伝統を徹底的に守る努力はする半面、その他の部分では徹底的な合理化を図っている。

 まず、伝統の部分。杜氏をはじめとする蔵人は、石川や富山の能登杜氏と、岩手の南部杜氏を組み合わせた技能集団。異なる地域の杜氏を組み合わせる例は珍しいが、それぞれの長所を生かした酒づくりに取り組む。

 合理化の部分は、流通ルート。酒類販売免許の規制緩和により大型量販店への販路が開けた。そこで、中堅酒造メーカーとしては業界で初めて量販店のプライべートブランド「灘の鬼ころし」を製造。販売量拡大を図る。
 さらに、瓶詰めやパッケージの製造は徹底した機械化。生産コスト低減を図っている。
 
 

 もうひとつ、コスト削減に貢献するのが物流部門。「当社の製品は約200種。多品種少量生産で、保管もたいへん。さらに、全国に翌日配送するため、一日平均12〜13台のトラックが別々の時間に製品を引き上げに来るので、スピーディーな対応が必要でした」。

クリックすると拡大写真が見られます。 そこで植田常務が一目見て気に入ってくださったのがTCMのACROBA-ε。「狭い倉庫でも小回りがきき、荷物の置き場スペースに無駄が出ない。その上、電気車なので日本酒の芳香を損なわないし、燃料費も割安。倉庫の上の事務所にも騒音が聞こえず、静か。本当によいものであれば、すぐに導入するのが私の主義。早速、社長である兄を説得しました(笑)」。

 オペレーターの清水さんもイプシの使いやすさが気に入り、即導入が決定。今は、期待通りの効率のよさで、製品倉庫と搬送トラックの間を行き来している。
   同社が酒づくりに使っているのは、昔も今も西宮神社の宮水。
 「六甲山中の伏流水が神社まで流れてきます。かつて海だった神社の下には貝殻がびっしり。そこで最終的にろ過されるから、ミネラルもいっぱい。日本酒にぴったりの硬水になるんですよ」。
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 今年10月には、西宮神社の宮水に感謝を込めて、灘の酒蔵が協力しあい「第5回西宮酒ぐらルネサンス」を開催。常務は、毎年、“恵比寿さん”のキャラクターに扮し、来場者を楽しませている。また、今年の夏は、国内外からの震災支援に対する感謝イベント「KOBE2001ひと・まち・みらい」の一環として「灘の酒造万灯祭」の開催にも尽力した。

 かつて、西宮の港から樽廻船で江戸へ運び、銘酒とうたわれるようになったという灘の酒。現代、そのおいしさは全国に、しかも翌日に届くというのは、物流システムの発展があってこそ。今宵、その恩恵にたっぷり酔ってみるのも、いいかもしれない。
 
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